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腋臭症の診療方針の立て方と治療　　－たかが腋臭症、されど腋臭症－

＜日本皮膚科学会セミナー講演内容＞　稲葉クリニック　院長　稲葉義方

１　はじめに

最近では体臭を嫌う傾向が特に若年層に強くなり、我々皮膚科医が日常診療で腋臭の悩みを持つ患者を診る機会が増えている。しかし我々がそのような患者の悩みについて理解していないと、いざ来院した患者を目の前にして対処に苦慮することも多いのではないだろうか。本稿では、腋臭症患者の実際の悩み・診断の手順・対処法と治療法さらに様々な問題点について概説する。

２　腋臭症患者と家族の悩み

まず患者の最大の悩みが腋臭であることは言うまでもない事である。東洋人における腋臭症の発生頻度は欧米人に比べ非常に少なく，日本人では約１割とされている。その頻度の低さゆえ腋臭症患者は自分が持つ特有の臭いに敏感になり、「周囲の人に自分の腋臭がわかってしまうのではないか？」との悩みを抱えつつ種々の対処法を試しながら日々の生活をしているわけである。最近では体臭を気にしすぎる傾向が若年者に見られ、たとえ腋臭が軽微であっても深刻に悩んでいることを念頭におく必要がある。一般的に腋臭を抑えることだけで患者の悩みがすべて解決すると安易に考えやすい。しかし、実際には患者の悩みは腋臭だけではなく、腋臭に伴う衣類につく黄ばみや腋窩部の多汗であることにも留意しなければならない。衣類に付着する黄ばみは腋臭と同様に一度染みつくと何度洗濯をしてもなかなか落ちづらいものなのである。特に女性患者からは「お気に入りのシャツやブラウス、和服に黄ばみや腋臭がつくと二度と着れずに困っている」と打ち明けられることもある。さらに腋窩部に流れ出るほどの多汗を伴うことも多く、これらの症状が重なることが患者の悩みをさらに増幅させているわけである。また外用剤を長期間使用することによって腋窩部皮膚に色素沈着が生ずることも悩みとなる。腋臭症の発症時期は心理的に敏感な思春期であることが多く、そのため親に相談も出来ずに人知れず一人で悩みつづける患児も多い。さらには学校内でのいじめや不登校の原因となっている場合も少なくない。極端な例では「自分の腋臭が親からの遺伝によるもの」との理由で患者の不満が親に向かうこととなり、同時に親も子供の腋臭症の原因が自分であることで子供に対し引け目を感じ親子関係がうまくいかなくなる場合もあるのである。　このように、腋臭症患者の悩みは我々が考えている以上に深刻であることを忘れてはならない。

３　腋臭症の診断

腋臭症と診断するうえで最も確実な方法は腋臭を確認することである。もちろん実際に腋臭が確認できれば間違いなく腋臭症と診断できるわけであるが、一般的に患者の多くは来院時にも制汗剤などを使用しており腋臭が確認できないことがあり、その場合には数日後に腋臭を再度確認する必要がある。　しかし腋臭が全く無いにもかかわらず腋臭症と信じ込んでいる自己臭妄想との判別に苦慮することも多い。腋臭症と診断する際に確認すべき問診のポイントを下記に挙げる。
１）主訴とその発症時期：腋臭、衣類の黄ばみ、腋窩の多汗による汗ジミの三点がほとんどの患者の悩みである。　腋臭は腋毛の生え始める時期に発症するのが通常であるが、症状の強い学童の場合には小学校入学後から発症することもある。その後成長とともに腋臭は強くなり20歳前後でピークとなり、壮年期以降は徐々に軽快していく。腋臭が成人になってから突然発生することはほとんどないので、その場合には自己臭妄想を疑う必要がある。　衣類の黄ばみは腋臭とほぼ同様の経過をたどるが、黄菌毛に伴う下着の黄ばみや頻繁に使用している制汗剤が原因となっていることもあるので注意を要する。また明るい色調の服では黄ばみが目立つため、患者は暗い色調の服を着用していることが多い。　腋窩の多汗は思春期から始まることもあるが、多くは20歳前後から発症する。発汗は精神的な緊張状態で著明になるため、特に社会人になってからの方がより深刻な悩みとなるようである。
２）耳垢の状態：外耳道にあるアポクリン汗腺は幼小児期から既に発達しているため腋臭症患者では必ず耳垢が湿っている。一方、耳垢が湿っていても腋臭がない場合には腋臭症体質と呼び、腋臭症と分けて考える必要がある。逆に言い換えれば、耳垢が乾燥していれば腋臭症ではないと判断することができるわけである。
３）家族歴：腋臭症は優性遺伝にて継承されるため、両親どちらかに腋臭症あるいは腋臭症体質があるはずであり、親戚の中に明らかな腋臭症の方が確認できることが多い。
４）腋臭症に対する手術歴：過去に腋臭症手術を受けている場合には、手術法と効果、再発時期を確認する必要がある。たとえ不完全な手術法を受けた場合であっても手術直後は一時的に腋臭は消失していることが多い。その後2,3ヶ月から数年で腋毛の再生とともに腋臭が再発してくるわけで、手術直後から腋臭を気にしている場合には自己臭妄想の可能性が高いと思われる。
５）家族からの指摘の有無：思春期ころに腋臭が発生した場合には、通常母親が子供より先に腋臭に気づくので「腋を清潔にしておきなさい」、「制汗剤を塗っておきなさい」などの注意を患児にしていることが多い。両親からのこのような指摘があればまずまちがいなく腋臭症と診断してよいと思われる。

４　自己臭妄想患者の問題点

「自分は腋臭症である」と思い込み周囲の人とのコミュニケーションがうまくいかなくなる自己臭妄想患者は、学生時代に友人に言われた「臭い」の一言が心に残っていたり、「電車で向かい合った席の乗客や街角ですれ違う人が自分を見ていやな顔をする」、「仕事場で同僚が手を鼻にやったり、咳払いする」、「自分の臭いのせいで犬が吠えている」など特徴的な訴えが多い。つまり他人の言動によって腋臭を判断しているわけで、逆に患者がひとりで居る時にはあまり気にならないのである。このような患者は腋臭が確認されないため医者からは相手にされず医療機関を転々と渡り歩くこととなってしまう。そしてたまたま受診した医療機関で安易に薦められた手術を受けてしまうこともあるが、手術で自分の臭いに何ら変化が無いことに気づくとさらに他の医療機関を受診し繰り返し手術を受ける結果となる。しかし元々腋臭がなければ手術を行ったとしても臭いに変化がないのが当然ではあるが、患者本人は一度手術を受けたことで自分が腋臭症であるとの確信を深めてしまうのである。その場合には家族を含め患者との話し合いをじっくり行い、手術を行う必要が無いことを納得させるわけであるが、最終的には精神科医に協力を仰ぐこともあり皮膚科医の限界を痛感することとなる。

５　腋臭症の対処法と治療法　

腋臭はアポクリン汗腺からの分泌物を皮表細菌が分解することで生ずるわけで、入浴後に殺菌作用のある種々の外用剤を使用することが基本的な対処法である。さらに化繊類の下着は腋臭を蒸散させやすく、またドライクリーニングでの衣類の洗濯では腋臭が落ちにくいため、木綿生地の下着の着用や洗剤を用いた水洗いによる洗濯を薦めるのが良いようである。しかし一般的な外用剤では作用時間が短いため頻繁に使用する必要があるうえに、人によっては外用剤を長期間使用することで腋窩部皮膚に色素沈着を生ずることが問題である。一方、腋臭が全く認められないが臭いを気にしている場合には外用剤の使用をあまり薦めないほうが良い場合もある。外用剤を習慣的に繰り返し使用することで「自分は臭い」と自己暗示にかけていることがあるからである。また腋毛の剃毛や抜毛さらには電気分解やレーザー照射などによる脱毛処理も行われるが効果は限定的である。また衣類の黄ばみや多汗に対しては効果が無いため結局は手術療法が必要となる場合も多い。腋臭症を確実に治癒させるためには、皮下脂肪織のみならず真皮下層～中層にあるアポクリン汗腺・エクリン汗腺・皮脂腺を確実に取り除くことが最も重要である。確実な治療を行うと残存皮膚の厚みは１ｍｍ程度となってしまうため下床の脂肪織に生着させるためには圧迫固定が必須となる。現在、腋臭症に対する種々な手術療法が全国で行われているが、中には不確実な方法も数多く存在することは事実であり、医師として危惧すべきことと思われる。